航空大学校の歩みと現状


日本は第二次世界大戦の後に一切の航空活動を禁止され、これがようやく再開されたのは1952年のことです。 しかし戦後7年間の空白期間にジェット機や無線航法など航空機の性能は飛躍的に向上しており、パイロットにも従来とは比較にならないほど高度な知識と技術が要求されるようになりました。
 しかも、こうしたプロパイロット養成には多額の費用を必要とします。そこで国立の機関による本格的なプロパイロット養成が行われることになり、昭和29年7月に当時の運輸省の付属機関として航空大学校が設立され、同年10月に開校しました。
 設立当初の養成定員は10名、キャンパスも宮崎だけでしたが、その後の航空需要の活性化と、それに伴うパイロット増員の必要性から順次定員を増加。昭和44年には仙台分校が、さらに昭和47年には帯広分校が相次いで開設されました。
 航空大学校では、しばらくは入学資格を高校卒業以上としていましたが、昭和62年度からは現在のように4年制大学の2年修了または短期大学、高等専門学校卒業以上と改められました。これはパイロットの人格形成に不可欠な幅広い一般教養は大学などで習得してもらい、航空大学校では専門教育を重点的に実施するという制度改革によるものです。
 さらに平成14年度からは、パイロットとしての資質を持った数多くの応募者を受け入れるため専修学校の専門課程を修了し、専門士の称号を付与された者を入学出願資格に加えました。
 なお、平成13年4月に航空大学校は国の直接運営から離れ、「独立行政法人航空大学校」として、修業期間を2年4ヶ月から2年に短縮し、新たな出発をしました。

前ページへ戻る

直線上に配置